ポイント

  • 甲州味噌に含まれる微生物の多くは、原料の「米麹」や「麦麹」に由来していることがわかりました。
  • 製造環境の床や設備の表面など、環境中の微生物も味噌に大きな影響を与えています。
  • 味噌の発酵には原料だけでなく、製造環境も深く関わっていることが初めて微生物レベルで明らかになりました。

 

背景

味噌は、大豆・塩・麹というシンプルな材料からつくられますが、その過程では、多くの微生物が出会い、協力し、ときに競い合いながら、味噌特有のうま味と香りを生み出しています。中でも甲州味噌は、米麹と麦麹を組み合わせて仕込む独特の製法で、山梨県を中心に古くから親しまれてきました。味噌づくりは、一見すると伝統的で確立された技術のように思われがちですが、実はその品質や風味は、原料だけでなく、仕込みに使われる桶や蔵の壁に住みつく「蔵付き菌」など、製造環境そのものにも大きく左右されます。味噌の研究とは、こうした目に見えない微生物たちの営みや、製造環境との関係性を紐解いていく試みでもあります。 私たちは味噌という発酵食品を通して、「どのようにすれば微生物が根づき、持続的に共に生きられる環境がつくれるのか」という問いに、科学と文化の両面から向き合おうとしています。

方法

  1. サンプリング
    • 発酵開始直後(1日目)、熟成期(10か月目)の甲州味噌(五味醤油株式会社より提供)を木製樽内から採取しました。同時に、発酵初日からプラスチック製のチューブで保管された熟成期(10ヶ月目)の味噌サンプルも採取しました。
      同時に、木製樽の内面・ミキサー・床面など工場内11箇所の設備表面をスワブで採取しました。
  2. DNA解析
    • 全サンプルから微生物のDNAを抽出したのちに系統発生マーカー遺伝子である16S rRNA遺伝子配列の特定領域(V3-V4領域)をPCRにて増幅し次世代シーケンサにて塩基配列を決定することで、それぞれのサンプルにおける微生物の多様性と系統組成を解析しました。
    • 得られた16S rRNA遺伝子配列は高精度な配列処理を行い、ASV(Amplicon Sequence Variant)として一塩基レベルで分類しました。これにより、各サンプルに含まれる微生物を厳密に比較することが可能となりました。特に本研究では、Shared ASV解析を用いて、異なるサンプル間で同一とみなされる微生物が存在するかを検出しました。

 

結果

木桶で発酵された味噌では、発酵開始直後(1日目)では約90%、10ヶ月熟成後では98.7%、チューブ保管味噌でも93.5%をStaphylococcus属が占め、すべての発酵ステージで優勢でした。原料の米麹・麦麹にもそれぞれ99.8%前後のStaphylococcus属が検出され、味噌の微生物コミュニティの基盤は原料である麹から来ていることが示唆されます。興味深いことに、世界的に有名なレストランNoma(ノーマ)で仕込まれた味噌においても、同様にStaphylococcus属が多く検出されていたことが、最近の報告(Kothe, Caroe et al., 2024)から明らかになっています。このことは、伝統的な発酵食品における微生物の普遍的な役割や、世界の先進的な発酵実践と日本の地域的発酵文化との間に、見えない共通点が存在する可能性を示唆しています。

 

また、味噌を発酵させる木桶やステンレス桶の表面にいる微生物コミュニティも調べたところ、木桶の表面ではStaphylococcus属が非常に多く(最大40%以上)、一方でステンレスでは0.36%と圧倒的に少ないことが分かりました。この結果から、特に木製容器が微生物を保持しやすく、味噌の発酵を手助けしている与えている可能性が示唆されます。

 

さらに、麹室の箱や床面でもStaphylococcus属が高頻度で検出され、米麹や麦麹などの原材料と製造環境が連携して味噌中へ微生物を送り込んでいることが示されました。

 

 

 

伝統的な木桶で10ヶ月間発酵させた味噌と、発酵初日後にチューブ保存した味噌のいずれにおいても、優勢だったのは同じStaphylococcus属の菌株(ASV)だったことは、発酵初期に定着した「菌の個性」は、その後の保存容器(木桶・チューブ)にかかわらず持続することを意味しています。Shared ASV解析においても、両者から同一のStaphylococcus属が検出され、原料(米麹・麦麹)から初期に導入された菌群が10ヶ月後まで、味噌に存在する中心的な菌群として主役を務め続けることが示されました。

 

 

結論

甲州味噌の微生物コミュニティは原料(麹)+ 製造環境(木桶や設備)という二つの要素が協調して形成されることが科学的に明らかになりました。特にStaphylococcus属が味噌の品質・安定性維持に中心的役割を果たしており、伝統的な木桶製法の価値を定量的に裏づけました。

 

今後の展開

本研究では、味噌の風味や品質を左右する“主役の微生物”が、発酵の初期段階でほぼ決まり、その後の長期熟成でも変わらず働き続けることが明らかになりました。これは、発酵食品における地域ごとの個性が、実は微生物によって支えられていることを示す発見です。BIOTAでは、こうした見えないパートナーである微生物を、単なる「材料」としてではなく、地域の環境や文化と共に育つ「共創する存在」として大切にしています。今後は、発酵の期間や風味を最適化するだけでなく、微生物コミュニティの相互関係や働きを分子レベルで解き明かす研究を進めていきます。微生物と向き合い、その声に耳を傾けることで、私たちは地域の知恵や風土の豊かさを未来へつなぐ手がかりを得ています。発酵という営みを通して、生き物が根づき、循環が生まれる社会のかたちを、これからも探求していきます。

 

論文情報

掲載誌:International Journal of Gastronomy and Food Science

タイトル:Raw materials and manufacturing environment as determinants of miso bacterial community

著者:Kohei Ito, Marin Yamaguchi

DOI:10.1016/j.ijgfs.2025.101222

 

五味醤油 公式HP:https://yamagomiso.com/

住所:山梨県甲府市城東1-15-10
営業時間:10:00~17:00
定休日:日曜、祝日(お盆、年末年始)

 

BIOTA 公式HP:https://biota.city/

担当者:山口真凜 (marin@biota.ne.jp)

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